クラシックの品格

クラシックは上質?

 クラシックが上質かと問われれば、殆どの皆様が肯定されるに違いありません。確かに、遺されたクラシック音楽の楽譜を読むと、これが上質の趣味なのかと思い知らされる程、天にも昇る陶酔を与えてくれる物が数多く存在します。

 

然しながら、クラシック界の現状を見ると「上質をはき違えているのではないか」と辟易させられる人が、あまりにも多過ぎるのです。その勘違いの筆頭が、上質と間違えて虚栄心を身に着ける行為です。御存じの通り、虚栄心の類の人を見下す性癖は、上質の趣味とは何等関係がありません。

 

 それでは上質とは何でしょうか?筆者は「上質とは蒸留を繰り返して、最終的に残ったエキスである」と定義しています。真に、不純な物を何度も除去した結果、現われた清らかさが上質なのです。本来、クラシックコンサートの意義は、時には上質の趣味をお客様に提供して、天上の花園で遊んで頂く事ではありませんか?

 

にも拘らず、クラシックのコンサートに出掛けると、ヒステリックなまでに無礼な振る舞いをする人が、結構な割合で実在します。大体、チケットを購入して聴きに来て下さった方、お金を払って足を運んで下さったお客様に対して、そんな失礼な振る舞いをする職種が、一体何処の社会にあるのでしょうか?

 

 だから、クラシックコンサートには、音楽を愉しみたい外部の人は殆ど近付かず、音大卒の学歴を求める身内ばかりが殺到するのです。

 

そもそも、あれだけ退屈な演奏を延々と続けながら、演奏者の学歴だけを自慢げに披露したら、群がるのはその学歴が欲しい身内の人間だけだと、そんな簡単な仕組みに何故気が付かないのでしょうね?言い換えれば、学歴自慢を即刻中止し、音楽の喜びを提供させて頂く演奏に徹底すれば、音楽を愉しみたい一般の人が集まり始めるに違いないのです。

 

 勿論、クラシックを着うたフルで聴くなら、コンサートに等足を運ぶ必要は全くありません。

 

 

記者:ヒビキ カオル(響 馨)


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