クラシックの形骸化

平らな奏法が殺した?

 「クラシックが形骸化したのは、全盛期を終えたからだけではない。19世紀のヨーロッパに於いて、波打つ奏法でお客を熱狂させる流派に対して、平らな奏法を正しいと定める流派が嫉妬に狂い、波打つ奏法の流派を迫害して異端に追いやり消滅させ、平らな奏法の流派が正統派の地位に就いた所に、真の原因が存在する。その結果、音楽の生命力がクラシックを飛び出してポピュラーに移り、ポピュラーが世界を席巻するのと引き換えに、クラシックは半分死んだのである」

 

以上が筆者が到達した結論です。

 

そして筆者は「クラシックに生命を与えていた秘密は、波打つ奏法に備わる対比の効果である。従って、クラシックを殺した張本人は、対比の効果を否定した平坦な奏法である」と考えています。何故なら、「同質の物を並べるのではなく、異質の物を隣り合わせるのが、生命力を産み出す秘訣である」からです。

 

勿論、メロディーの方向性を追及するクラシックに対して、ポピュラーではビートに乗る行為を優先します。従って、異質の音楽であるクラシックとポピュラーを、同列に論じるのはあまりにも無謀ではないか、この種の異論を唱える方もおられる筈です。

 

然しながら、「音楽理論上に限って言えば、クラシックのバッハの12平均律の延長線上に、紛れもなくポピュラーは位置しているのです。そもそもポピュラー音楽が発達した20世紀が、クラシックが形骸化した19世紀の後に来ている点にも、時期的な符合を感じるではありませんか」と申し上げましょう。

 

 皆さんも着うたフルでクラシックをダウンロードする際には、こうした危機感を抱く人の演奏になさった方が、感動させて貰える確率が高いのではないでしょうか。 

 

 

記者:ヒビキ カオル(響 馨)


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